40代から新しい人生を始める自分になる3

前回の40代から新しい人生を始める私になる2 では、今までの人生で経験して来たことを活かしていくことについて書きました。今回のパート3では、もう少し掘り下げてなりわいについて話してみたいと思います。まだまだ長くなります、ご興味ある方はお付き合いくださいね。

人生のなりわいを見つける

生業(なりわい)とは、なんでしょう?

【1】生計を立てていくための仕事。すぎわい。
【2】農耕に従事すること。また、農作物。

出典:大辞林第三版「生業」

生業とは、活をするための(わざ)のこと。

「生業」は「生活を営むための仕事」
「職業」は「生計を立てるために携わる仕事」
で、どちらもほぼ同じ意味の言葉です。

けれど、「職業」が会社員のような雇われてする仕事など、一般的に「幅広い種類の仕事」の種類として用いられるのに対して、もともと農業を営む私たちの生活から発したこともあであり、生業とは主に、家業として行っている仕事の場合に用いられるようです。

私のイメージとしては、仕事という言葉よりも、生業という言葉の方が、肝が据わったというか、気持ちが入っていて、長い期間をかけて行うもののような気がします。つまり、長い時間や期間をかけて、育んで(はぐくんで)いくものであり、その人とは切っても切り離せないもの、そんなイメージです。

そして、自分以外の他の人でも変わりになるようなものではなく、自分にしか出来ないもの、のイメージでもあります。

女性の平均寿命は、約87歳です。40代以上の女性にとってはまだ半分くらいあります。その第二の人生と言われる期間を有意義に自分らしく過ごすために、生業となるものを見つけ、言葉通りそれを生業として形作りながら生きていく。私が今回シリーズでお話しているのは、そんな生き方をする1人になりませんか?というお話です。

自分を見つける

「人は自分のことが一番分からない」と言われています。それを見つけるためには、いろんなことをヒントとして自問していくしかなく、古今東西たくさんの人が悩み、記述し、哲学というものが生まれてきました。人間の生きるテーマと言っても過言ではありません。

その一つの大きなヒントとなるのが、生業だと思います。そして、キレイデザイン学を生業としていくとなった場合、多くのヒントを頂く機会に恵まれます。なぜなら、たくさんの方の人生を見せて頂けるからです。

他人は自分を写し出す鏡

とも言われます。自分以外の他人を見ることで、自分を顧み、省みる機会となります。

そして、自分以外の他人の状況、歴史、また悩みや未来への思いを通して、その人の人生を垣間見ることが出来ます。それはその都度、鏡を見せてもらえるチャンスになります。

自分が経験出来る一生は、当たり前ですが1つしかありません。自分の後ろに長い一本の道は出来てきました。けれど、その先には100通り以上の分かれ道が待っています。

どの道を行きたいのか?選ぶのは自分です。そして、最後に振り返ったとき、自分の後ろにある道をどう感じるか。それが人生ではないでしょうか?

振り返ったとき、「ああ、良い道だった。」と思えるか、「これをやりたかったのに、残念だった。」と思うか。それは、その時が来ないと分かりません。

誰もが「ああ、良い人生だった。」と思いたいはずです。たくさんの人生を垣間見る機会を頂けるということは、自分にとっても、周りの人にとっても、その良い人生を築いていくための、大きなサポートとなってくれる、とも私は考えます。

生まれた時から終わりへのカウントダウンが始まっている

脅しでもなんでもなく、これが現実です。人体の機能はある程度成長したら、あとは日々衰えながら月日を重ねていくだけです。

平家物語の一文「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」祇園精舎の鐘の音が鳴ると「ああ、今日も鐘が鳴る。また誰かが亡くなったな。」と誰もが分かる。こういう解釈もあるそうで、私はこれを読んで、この文章が腑に落ちました。



この諸行無常という言葉は、いろんな場面においていろんな解釈で使われますが、「この世の森羅万象は、一瞬もとどまることなく、すべては移り変わる。」ということを指しています。

つまり、この現実の世界のあらゆる事物は,決して永遠のものではないということです。

そして、この諸行無常というものが含まれる四法印という考えの中に、諸法無我というものがあります。諸行無常よりもマイナーな言葉ですが、実は切っても切り離せない関係にあります。

諸法無我とは、「人間を始めすべての物質や現象には、固定的な実態というものはなく、互いにかかわることによってのみそこにある」、という認識のことです。

言い換えると、他者とのかかわりがなければ、自分も存在出来ない、ということです。そしてここから、他者への慈悲の心が生まれるもの、だそうです。

慈悲とは、人々に喜びを与え、苦しみを取り除くもの。

キレイデザイン学と仏教や宗教は全く関係ありませんし、私自身、お坊さんでも仏教の専門家でもありませんが、幼少のころから禅寺に通い、和尚さんのお話を聞き育ってきました。そして、禅やマインドフルネスを始め、その関連の書籍を読み学んできました。

けれど、特に知識興味はなくとも、日本人ならほぼ誰でも、こういう発想に心惹かれる部分はありませんでしょうか?なぜなら、日本の歴史の中に深く刻み込められて来たために、知らず知らずのうちに、日本人の身体に沁み込んでいるからいるからだと思います。

そうなんです。私たちの心の奥底には、長い歴史に培われたこの価値観が眠っています。

3のまとめ

この眠っている価値観は、私たちが気が付かないだけで、一番の核となる存在なのではないでしょうか?

だからこそ人は、社会の役に立ちたい、人の役に立ちたい、と動くわけです。そここそが人間が社会的動物と言われる所以だと思います。

この心の根本に眠る気持ちを大事にしてあげてみたら、どうでしょうか?

どう大切にすれば良いかというと、人を幸せにして差し上げるサポートをするだけのことです。そしてそのことより結局、は自分の心が満たされ、自分の幸せの道を見つけることが出来る。

そうして、双方が幸せへとなっていくことこそ、まさしく慈悲です。慈悲に通ずることを生業として行けたら、「私の人生良かったな。」と、人生の締めくくりの時に思える人生となるのではないでしょうか?

この「幸せへのサポートをしていく生業」は、女性だからこそより力を発揮できる部分が大きい、と私は感じています。なぜなら、女性こそが社会を、そして世界を根本から変えていける力がある存在だと思っているからです。

次回は、私が考える「女性だからこそ出来る理由」について、お話したいと思います。
続きはこちら→40代から新しい人生を始める自分になる4

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