てんつまに戻ることになったワケ1~2022春てんつま日記

協力隊はどうなったの?

協力隊じゃなかったの?

SNSでのコメントで聞かれることが度々あり、ちゃんとご説明したいな、とずっと気になっていました。ブログ再開の一話目は、ずっと心に引っかかっているこのことからにしたいと思います。

結論から言えば、3月末に地域おこし協力隊を退職いたしました。理由は、2月末に大きな病気をし3月末まで入院。退院はしましたが、そのまま復帰して仕事を続けることが難しくなったからです。そのために退職させて頂きました。

地域おこし協力隊での日々

大分県杵築市の地域おこし協力隊には、2021年11月に採用して頂きました。協力隊には10年ほど前からずっと興味があり、いろんな書籍を読んだり、機会がある度に隊員の方のお話を伺ってみたりしながら、やってみたいと思い続けていましたので、憧れの杵築市で地方移住をするための布石としての協力隊として活動出来ることがとにかく嬉しくて嬉しくて、毎日私なりに頑張っていました。

市民の方も、職場の方々も、同僚の方も、先輩方々も温かくて良い方ばかりで、とても恵まれた環境でしたし、お友達もどんどん増えて行き、将来の夢も膨らみ、楽しく刺激的な毎日を送っていました。

そして、ミッションとなる仕事も移住したい方へのサポートということで、今までの転勤族妻としての引っ越しや、北は北海道から南は九州まで日本全国のあちこちに住んだ経験を活かし移住したい方へのお役に立つことが出来る!と思っていました。

2月には、移住者の方が集まるカフェのイベント開催も引き継がせてもらい、これからますます活動していけそう!とプレッシャーを感じつつも充実感でいっぱい。さぁ、これから!と言う矢先のことでした。

症状と孤独と切なさと申し訳なさと

症状らしきものが出ても、寝てればすぐ良くなるだろうと思っていたら、どんどん悪化。一人暮らしでしたので「入院しないとこのまま一人で死んでしまうかもしれない」と思うほど、辛い一人での自宅療養時間でした。

病院が決まり入院となりましたが、その時にはすでに症状はかなり悪化していましたので、良くなるまでにも時間がかかりましたし、いざ退院となっても後遺障害が残ることとなりました。

入院中毎日見ていた景色は、天井の模様。それと、ベッドから見える窓の外の空。寝ているしかないと、見るものがそれしかないんですよね。切なくてやるせなくて、それを見つめながら涙を流す日々が続きました。

その切なさやるせなさの一つに、発症する直前にちょうど移住が決まった方々とのやり取りがありました。

移住を決められたご夫婦はUターンではなく、新しくその土地にいらした方々。その奥様がおっしゃった「地元じゃないので知り合いがいないんですよ。」という一言。その一言が、転勤族妻として転々としていた私がどれだけ孤独で辛かったかということを思い出させました。

こういう方のためにお友達作りが出来る場としての移住カフェを継続して開催していきたい!開催していかなくては!こういう場がないと、せっかく移住してもらっても寂しい日々を過ごされることとなってしまう。私が各地で感じたような辛い思いを、せっかく夢を持って移住して来られた方にさせてはいけない。

そう思っていたので、そのイベントが継続出来ないことが何よりも申し訳なく、そして辛く感じていました。

また、同僚の方や課の方の負担が増えてしまうことについても申し訳ない気持ちでいっぱいでした。皆さんご自分のお仕事の負担が増えて大変になっていらっしゃるにも関わらず「治療に専念してください」と優しい言葉をかけてくださって・・・私にとっては何よりもの救いとなりました。

コロナ禍ですから、完全に個室。看護師さんもなるべく来ないように対応出来るシステムが出来ています。当然面会も禁止。毎日天井と窓の外の空を見る日々。話す人もいない、気持ちを語れる人もいない。孤独って辛いですよね。それに、話そうと思っても声が出ない私もいました。

そんな何もできない状況にありながらも、復帰できるよう一日も早く良くならなければ!と気持ちばかりが焦る日々。

こうして、病院での時は過ぎていきました。

長くなりましたので、てんつまに戻ることにした理由2へと続きます。

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