静かに整える時間~ケララでの素晴らしい日々~
― ケララで過ごしたアーユルヴェーダ 全体験記 ―
はじめに
(大きな病気があったわけではありませんが、
年齢を重ねる中で、体の変化をはっきりと感じるようになっていました。
40代の頃と比べて食欲が大きく落ち、
消化が重く感じられる日が増えました。
頭痛で寝込むこともあり、
ストレスが重なると気持ちが沈み、
何もしたくなくなるような状態になることもありました。
疲れやすさや不眠にも悩まされ、
夜中に目が覚めたり、眠りが浅く感じられたりする日が続きました。
眠るために、睡眠導入剤やお酒に頼ろうとした時期もあります。
それでも仕事や日常は続いていきます。
「まだ大丈夫」「もう少し頑張れる」
そう言い聞かせながら過ごしていましたが、
このまま同じやり方を続けていいのだろうか、
という思いが次第に強くなっていきました。
これからの人生を考えたとき、
一度立ち止まり、
体と向き合う時間が必要なのではないか——
そう思うようになったことが、
ケララでの滞在を考え始めたきっかけです。
この文章は、南インド・ケララで過ごした数週間の滞在を通して、
私自身が感じたこと、考えたことを、
体験者として静かに記録したものです。
アーユルヴェーダとの出会い
若い頃から、
「身体によくないものを、できるだけ体内に入れたくない」
という思いが強くありました。
30代の頃には、日本の食養であるマクロビオティックを学び、
生活の中に取り入れるようになりました。
その後、関心は中医学や薬膳へと移り、
体質や季節、日々の体調に合わせた食の考え方を
学び、実践するようになっていきました。
そうした流れの中で、
5000年もの歴史を持つアーユルヴェーダの存在は、
ずっと頭の片隅にありました。
けれど、インドという暑い土地で生まれた考え方が、
日本のような寒暖差のある国の生活に
本当に合うのだろうかという疑問があり、
興味はありながらも、
なかなかその世界に踏み込むことができずにいました。
そんな中、ある一冊の本との出会いをきっかけに、
アーユルヴェーダへの印象が大きく変わりました。
それまで抱いていた先入観がほどけ、
これは特定の土地や気候だけのものではなく、
「体と向き合うための普遍的な考え方なのかもしれない」
と感じるようになったのです。
そこからは、独学で何冊もの本を読み、
スリランカ人のアーユルヴェーダドクターによる講座を受講するなど、
少しずつ理解を深めていきました。
学ぶほどに、
アーユルヴェーダそのものへの関心と同時に、
いつかパンチャカルマを受けてみたい、
という思いも自然と強くなっていきました。
私は占星術師としての活動もしていますが、
ちょうど2025年は、
人生の中でも特に「自分の体と向き合うこと」が
大切なテーマとなる年でした。
そのタイミングも重なり、
今年パンチャカルマを受けることは、
単なる体験ではなく、
これからの時間をどう生きていくかを考える上で
必要な節目になるのではないか——
そんな感覚が強くなり、
実際にclinicを探し始めることになりました。
clinicを決めるまで
いざパンチャカルマを受けようと思っても、
どこで、どのように受けたらいいのか、
正直なところ、最初はよく分かりませんでした。
手元にあるアーユルヴェーダの本の中に、
東京にあるclinicの紹介があり、
ウェブサイトを見てみたこともあります。
日本語が通じ、都内で受けられることは安心材料でしたし、
ホテルに滞在しながら受けるという形も、
一つの方法なのだと思いました。
けれど同時に、
東京の雑踏の中で滞在しながら受けるパンチャカルマが、
どこまで本来の意味を持つのだろうか、
という疑問も残りました。
内容を見ていくと、
すべてのプロセスを受けられるわけではなさそうで、
形だけになってしまうのではないか、
という違和感も拭えませんでした。
そこで、日本ではなく、
インドやスリランカで探してみようと思うようになりました。
まずはウェブ検索から始め、
日本人の方の体験記などを参考にしながら、
いくつかのclinicを調べてみました。
ただ、肝心な費用や内容がはっきりしないところが多く、
自分だけで判断するのは難しいと感じました。
そこで、インド人の友人に調べてもらったところ、
「外国人を主な対象にしたclinicで、日本人も多い」
という情報を得ました。
その一方で、提示された金額は、
今の私にとって現実的なものではありませんでした。
海外では外国人価格があることは理解していましたが、
納得して選べる条件ではなかったのです。
ウェブで探す方法には限界があると感じ、
手段を変えることにしました。
ひとつは、アーユルヴェーダを教えてくださった
スリランカ人のドクターに相談すること。
もうひとつは、
オンラインで習っているヨガの先生に尋ねることでした。
ヨガの先生は、ケララ州のご出身で、
スリランカ人のドクターも現地のclinicに勤めていらっしゃいます。
お二人に話を聞く中で、
今回はインドとのご縁がつながっていきました。
紹介されたclinicは、
ほとんどがインド人の患者さんで、
人的なつながりがなければ
たどり着けないような場所でした。
こうして、そのclinicとのメールでのやり取りが始まりました。
出国前のモヤモヤからインド到着まで
ヨガの先生から教えていただいたclinicのウェブサイトに、
お問い合わせ用のリンクがあり、
そこから最初のメールを送りました。
けれど、待てど暮らせど返事は来ません。
日本であれば、
その日のうちか、遅くとも翌日には
何らかの返信があるのが普通です。
「インド時間だから仕方がない」
そう思いながら待っているうちに、
気がつけば一か月が過ぎていました。
これ以上待っても進まないと感じ、
ヨガの先生にお願いして、
clinicへ直接連絡を取っていただくことにしました。
すると、その翌日には、
clinicから返信が届きました。
そこから、
パンチャカルマを受けたいという希望を伝え、
コース内容、期間、費用、
施設の環境やアクセスなどについて、
いくつかやり取りを重ねました。
その中で分かったのは、
コースの内容や期間は、
事前に決まっているものではなく、
実際にドクターの問診を受けてから
一人ひとり決めていく、ということでした。
ただ、飛行機で渡航する以上、
帰りのチケットは事前に予約しておく必要があります。
そこで、ひとまず二週間という区切りで
日程を組むことにしました。
内容については、
すべてを事前に把握しようとせず、
実際に行ってみてから決めればいい。
そう考え、
それ以上深く追及することはしませんでした。
日程を決めてメールを送ったものの、
そこから再び、返信が来なくなりました。
何度か改めて連絡をしてみても、
返事はありません。
日本では考えにくいことですが、
ここは日本ではありません。
そう自分に言い聞かせながらも、
不安が消えることはありませんでした。
すでに航空券の手配は済ませており、
出発に向けて準備を進めなければなりません。
持ち物や事前に気をつけることなど、
知りたいことはたくさんありましたが、
確かな情報はほとんどないままでした。
結局、clinicから返信が届いたのは、
出発の一週間、あるいは二週間ほど前になってからでした。
その頃には、
不安よりも覚悟の方が勝っていました。
すべてを事前に把握してから行くのではなく、
「行けば何とかなる」
そう思えるところまで、
気持ちが定まっていたのです。
このやり取りの過程では、
現地の事情をよく知る知人にも相談しながら進めていました。
自分一人では分からないことや、
判断に迷う場面で、
必要なところを補ってもらえたことは、
大きな安心材料でした。
ケララへは直行便ではなく、
ムンバイに到着する便でインドに入りました。
日本から乗り継ぎと時差を含めて、
移動時間はおよそ十六時間。
長い旅でしたが、不思議と長くは感じませんでした。
きっと、心が前に進んでいたからだと思います。
とくに印象に残っているのは、
東南アジアからインド行きの飛行機に乗ってからのことです。
機内のモニターに表示された現在地が、
すでにコルコタを越えているのに気づいた瞬間、
言葉にしがたい感動が込み上げてきました。
「とうとうインドに来たんだ。
私はいま、インドの上空を飛んでいる」
その思いで胸がいっぱいになり、
画面に映る地図と、
空を進む飛行機の様子を、
何度も何度も眺めました。
地図の中には、
私の知らない地名がいくつもあり、
見たことのない山や川、平野や山間部が広がっていました。
それらを越えて飛んでいく光景は、
パンチャカルマを受けようか迷っていた頃から、
clinicが決まり、
やり取りが始まり、
不安や焦り、戸惑いを抱えて過ごした日々を、
洗い流してくれるようでした。
いよいよ始まる。
やっとスタート地点に立った。
長年、心のどこかにあった思いが、
現実になりつつある。
そんな感覚が、静かに広がっていきました。
ムンバイに到着したのは、夜の十時頃でした。
イミグレーションで、
不安を抱えながら取得したアライバルビザとe-Visaが
無事に受け取られたときの安堵感。
そして、久しぶりに交わしたヒンディー語でのやり取り。
インドに着いた、という実感は、
うれしく、楽しく、
心が弾む瞬間でもありました。
空港の外に出た瞬間、
そこは紛れもなくインドでした。
排気ガスのにおい、
すれ違う人々の気配、
路上に点在する露店。
「日本ではない。
インドに来たのだ」
そう、はっきりと実感しました。
今振り返っても、
胸の奥が静かに震えるような、
心に深く残る到着の瞬間でした。
ムンバイからケララへ
翌日の早朝、
ムンバイからケララへ向かう国内線に乗るため、
再びムンバイ空港へ向かいました。
朝霧の中に静かに停泊している飛行機。
少しずつ明るくなっていく空。
茜色に染まる光景が、とても美しく感じられました。
ムンバイからケララへ飛び、
空港に降り立って最初に感じたのは、
「なんて緑が豊かなところなんだろう」ということでした。
都会的なムンバイとはまったく異なり、
空気は澄み、空は高く青く、
青々とした緑が視界いっぱいに広がっていました。
そこにある木々も、
日本では目にすることのない、
南インド特有の植物ばかりでした。
空港の壁には、
南インドの文化や風景を描いた絵が施されており、
北でも西でもない、
「南インド・ケララに来たのだ」という感覚を、
自然と高めてくれました。
この土地で過ごす時間が、
これから始まるのだと思うと、
気持ちが静かに切り替わっていくのを感じました。
clinicに到着した日のこと(初日の空気)
clinicへは、市街地にあるホテルから送迎してもらいました。
すぐ近くだと思っていたのですが、
実際には車で一時間ほど、
郊外へと走ることになります。
市街地を離れ、
少しずつ景色が変わっていき、
山の中腹に差しかかった頃、
静かな場所にひっそりとclinicが現れました。
周囲は緑に囲まれ、
鳥のさえずりが聞こえています。
「ああ、ここなんだ。
静かなところでよかった」
そう思ったのを、はっきりと覚えています。
滞在する場所として、
理想的なロケーションだと感じました。
建物の一階には、
アーユルヴェーダの薬局があり、
そのすぐ横にドクターの部屋がありました。
まずは問診を行い、
その後に個室へ案内されるとのことで、
ドクターの部屋へ向かいました。
ドクターは五十代くらいの男性で、
落ち着いた印象の方でした。
気になっている症状や、
受けたいと考えている施術について伝えると、
とても丁寧に話を聞いてくれました。
「他に聞きたいことはありませんか」
「質問はありませんか」
そう何度も気にかけてくれたことが、
印象に残っています。
この人なら信頼できそうだと、
自然に感じました。
問診のあとは、
内容についてはドクターに任せることになり、
滞在する部屋へと案内してもらいました。
施設には、
このドクターのほかにも、
若い女性のドクターが二人、
男性のドクターが一人、
そして年配のドクターが一人いらっしゃいました。
数や設備について詳しく評価することはできませんが、
安心して身を委ねられる体制だと感じました。
建物の外に目を向けると、
遠くの山々まで見渡すことができ、
日本とはまったく異なる風景が広がっていました。
その眺めにも、
心が静かにほどけていくような感覚がありました。
トリートメントと、1日の流れ
こうして、
私のケララでのアーユルヴェーダのクリニックでの日々が始まりました。
パンチャカルマに入る前の準備として、
まずはデトックスしやすい体をつくる必要があり、
アビヤンガと呼ばれる全身のオイルマッサージを、
朝と午後の二回受けることが、日課となりました。
それ以外にも、
朝晩には、
私の体質やその日の施術内容に合わせて調合された
カシャヤと呼ばれる煎じ薬が届けられました。
また、女性にだけ用意される、
ワインのような深い赤色をした飲み薬もあり、
毎日の流れの一部として、
自然に受け取っていました。
食事は、南インドの伝統的な料理を中心に、
季節のフルーツジュースやチャイなども用意され、
体に負担をかけない、
やさしい内容でした。
朝は、
外から聞こえてくるイスラム教徒の祈りの声、アーザーンと、
その後に続く鳥のさえずりで目を覚まします。
ゆっくりとヨガをし、
食事をとったあと、
朝のアビヤンガ。
施術のあとは休息の時間があり、
その後にランチ。
午後は、
またゆっくりと時間を過ごしながら、
二度目のアビヤンガを受けます。
日が傾いていくのを感じながら、
晩ごはんが届けられ、
静かに夜が更けていく。
そんな毎日でした。
午後や夕食のあとには、
ドクターが様子を見に来てくれ、
「大丈夫ですか」
「何か困っていることはありませんか」
と、さりげなく声をかけてくれました。
その気遣いが、
とても心強く感じられました。
アビヤンガを担当してくれたマッサージのスタッフたちは、
皆、とても明るく親切で、
いつも部屋まで迎えに来てくれ、
終わるとまた送り届けてくれました。
彼女たちは、
英語やヒンディー語はほとんど通じず、
使われていたのは、
現地の言葉であるマラヤラム語でした。
言葉でのやり取りは、
つたない英語や身振り手振り、
そして表情が頼りでした。
それでも、
いつも温かく、陽気に接してくれ、
施術の時間は、
自然と楽しみなものになっていきました。
ケララで過ごす時間の中で感じたこと
ケララで過ごす中で、
一番強く感じたのは、
日本での時間、
そして精神的なストレスに追われる生活との、
大きな違いでした。
自然の音に耳を澄まし、
静かな環境の中で、
頭を空っぽにする時間を持てたことで、
心と体が少しずつ休まっていくのを感じました。
このまま時間が止まればいい。
そう何度も思ったほどです。
滞在中に必要なものは、
すべて用意されていました。
何かを買いに外へ出る必要もなく、
周囲は自然に囲まれているため、
部屋と施術室を行き来するだけでも、
十分に満たされた気持ちで過ごすことができました。
いろいろな人と話す機会があり、
寂しさを感じる暇もありませんでした。
近すぎず、遠すぎず、
ちょうどよい距離感で関わることができたことも、
心地よく感じた理由の一つです。
滞在中に一度だけ、
近くの商店街へ出かけることがありました。
小さなスーパーで、
インドの果物やお菓子を買い、
少しだけ散歩をしました。
幹線道路を外れると、
道は舗装されていないところも多く、
靴の裏に土の感触を感じながら歩きます。
周囲には木々が生い茂り、
南インド独特の建築の家々が並んでいました。
ただ歩いているだけで、
とても楽しい時間でした。
人々の暮らしを遠くから眺め、
日本とはまったく品ぞろえの違うスーパーに立ち寄り、
目新しいものに心が弾みます。
ときおり牛とすれ違いながら、
のんびりと道を歩く。
そんな時間を持つことができました。
ケララは、
緑と水がとても豊かな場所です。
湿度も少し高く、
日本とどこか似た空気があり、
思っていた以上に過ごしやすいと感じました。
受ける前と、受けた後
身体の変化はもちろんありましたが、
それ以上に大きかったのは、
気持ちや考え方の変化でした。
五十年以上生きてきて、
毎日施術を受けることを目的に過ごす時間など、
これまで一度もありませんでした。
けれど、clinicに到着したその日の午後から、
そんなふうに時間を使う日々が始まりました。
インドの夜明けは、日本よりも少し遅く、
七時頃になって、ようやく空が明るくなってきます。
暗いうちに、イスラム教徒の祈りの声、アーザーンが響き、
夜明けが近いことを知らせてくれます。
空が白み始める頃、
鳥のさえずりが聞こえ、
朝が来たことを耳で感じます。
朝は、薬草を煎じた飲みものを
ステンレスのカップで一杯いただくことから始まります。
その後、朝のチャイが届けられ、
息を吹きかけて冷ましながら、
熱いチャイをゆっくり口にします。
カフェインとスパイスのおかげで、
少しずつ目が覚めていきます。
朝食のあとは午前の施術。
施術のあとは部屋で休み、
ランチをとってから午後の施術。
その後は、
日が暮れていくまでの時間を、
ただ静かに過ごします。
テレビはありましたが、
ほとんどつけることはなく、
音や映像に追われない時間が続きました。
こうした毎日を過ごす中で、
心が少しずつ落ち着いていくのを感じました。
「生きるとは何だろう」
「時間をどう使いたいのか」
「人とどう関わっていきたいのか」
そんなことを、
立ち止まって考える時間を持つことができました。
心の中に余白が生まれ、
これまでの人生や、
多くの人に支えられてきたことにも、
自然と意識が向くようになりました。
人種や文化が違っていても、
日本からどれだけ離れていても、
誰もが日々の営みを大切にし、
穏やかに暮らしたいと願っている。
そのことを、
あらためて深く感じた時間でもありました。
心の中のスペースが、
滞在前よりも少し広がったように感じています。
身体の面では、
いくつかの変化を感じることがありました。
たとえば、
食欲や消化の感覚が戻ってきたこと、
仕事の影響で感じていた背中の違和感が
和らいだこと。
目の疲れが軽く感じられたり、
体が少しふっくらしたように感じたり、
肌の質感が変わったと感じたこともありました。
いずれも、
日々の施術と休息を重ねる中で、
自分の体に起きていた小さな変化です。
施術のあとは、
心地よい倦怠感に包まれ、
そのままベッドで休む時間が、
とても贅沢に感じられました。
すぐに日常へ戻るのではなく、
こうした時間を持てたこと自体が、
私にとっては、
何より大きな体験だったように思います。
今、思うこと
日本にも、古くから伝わる伝承医療があります。
そして、どの国にも、その土地の歴史の中で人々に育まれてきた、
健康や長寿への知恵が存在します。
「地産地消」という言葉があるように、
その土地で生まれ、その土地で続いてきた考え方は、
やはり理にかなっているのだと思います。
どれほど科学や医療が発達しても、
何千年という時間をかけて受け継がれてきたものには、
及ばない部分があるのではないでしょうか。
私にとって、
アーユルヴェーダは、
そうした知恵の原点の一つのように感じられました。
五千年以上前に生まれ、
時代に合わせて形を変えながら、
今もなお、人々の拠り所として続いている。
その叡智に触れることができたことを、
とてもありがたく思っています。
私の滞在は、
二週間という、決して長いものではありませんでした。
けれど、その限られた時間の中で、
深く心に残る体験があり、
人生の見え方が少し変わったように感じています。
滞在した施設は、
いわゆるラグジュアリーな場所ではありません。
素朴な、インドの治療院です。
日本のような利便性はほとんどなく、
あったとしても、ごく限られています。
だからこそ、
いつもより不便な環境の中で、
多くのことに気づくことができました。
人の温かさ、
自然の力、
そして、日本での生活がどれほど便利で快適なのかということ。
同時に、
物事をシンプルにして暮らすことの心地よさも、
あらためて感じました。
それは、
久しぶりに田舎のおばあちゃんの家を訪れたときのような、
どこか懐かしく、安心する感覚に近かったように思います。
こうした体験は、
自分の中にある、
これまで気づかなかった部分や、
立ち止まって見つめ直したい思いを、
そっと浮かび上がらせてくれるものだと感じています。
ゆったりとした時間の中で、
心と体を整えたい方には、
とても相性のよい滞在だと思います。
一方で、
日本の便利な生活をそのまま持ち込みたい方や、
豪華なリトリートを期待される方にとっては、
少し戸惑う場面もあるかもしれません。
とはいえ、
私が二十年以上前に訪れたインドと比べると、
今のインドは想像以上に発展し、
生活の面でもずいぶんと便利になっていました。
その変化には、正直驚かされました。
私が「紹介」という形をとりたいと思った理由は、
やはりインドという土地にあります。
一人で行こうとすると、
心理的なハードルが高く感じられる国でもあります。
準備のこと、
言葉のこと、
現地で頼れる存在がいるかどうか。
その違いは、
心の余裕に大きく影響します。
旅は、
心を許して過ごせる度合いに比例して、
深まり、豊かになるものだと、
私自身、何度も感じてきました。
不安や気苦労ばかりでは、
せっかくの時間も、
ただ疲れてしまうだけになってしまいます。
ケララは南インドにあり、
ヒンディー語や英語が通じにくい場面も多くあります。
ヒンディー語を学んでいた私でさえ、
まったく別の世界だと感じることがありました。
言葉の壁は、やはり大きなものです。
インドの事情は、
実際にその土地で暮らす人にしか分からない部分が多くあります。
だからこそ、
信頼できる現地の人に任せられるということは、
何ものにも代えがたい安心だと感じています。
私自身、
今回の滞在は、
一人の判断だけで成り立っていたわけではありません。
現地のことを理解している人とのつながりがあったことで、
安心して一歩を踏み出すことができました。
すべてを自分で抱え込むのではなく、
信頼できる人に支えられながら選択すること。
その在り方を、
これから誰かをご紹介するときにも、
大切にしていきたいと思っています。
せっかく時間とお金をかけて行くのなら、
心から安心して、
ゆったりとした、
本当に贅沢な時間を味わってほしい。
そんな思いから、
私はこの素晴らしい体験を
いつか希望する方々に紹介出来たら、と思っています。

