日本の気候の中で、無理なく続けてきたこと
第1回:身体の感覚に耳を澄ませ選ぶということ
「今までと同じ」が通じなくなったと感じた頃
40代半ばを過ぎたあたりからでしょうか。
身体が、今までと少し違ってきていると感じ始めたのは。
もともと、思い立ったが吉日の性格です。
スケジュールを詰め込み、あれこれ同時進行で、一日いっぱい動いてはバタンキュー。
そんな日々を長く続けてきました。
40代半ばまでは、それでも何とかこなせていたのです。
けれど、その頃を境に、様子が変わってきました。
できないわけではないけれど、そのあとにガタッと体調を崩して寝込んでしまう。
途中で息切れして、最後までやり遂げられず、あきらめることが増えてきました。
元気が当たり前」だった感覚が変わった
病気になることは、どこか他人事でした。
たまに体調を崩すことはあっても、「基本的には元気でいられる」。
それが当たり前だと思っていた自分の感覚が、通用しなくなってきたのです。
気をつけていても、不調は増えていった
食べることには気をつけていました。
自炊を心がけ、できるだけ添加物を避け、地産地消を意識する。
それでも、不調に陥る頻度は少しずつ増えていきました。
方法を探すより、反応を見るようになった
そんな頃だったと思います。
それまで趣味として学んでいた中医学や日本の食養から、
「アーユルヴェーダという考え方を、少し覗いてみようかな」
そんな気持ちが芽生えてきたのは。
正直に言えば、長いあいだ思い込みがありました。
アーユルヴェーダは、暑い地域で生まれたもの。
日本の気候で、日本人の私に合うはずがない——。
距離を置いていた理由
インドの文化には学生時代から親しんできましたが、
アーユルヴェーダだけは、なぜか距離を置いたままでした。
頭では興味があっても、
生活の中で実践するものとしては、結びついていなかったのだと思います。
ようやく、たどり着いた場所
それでも今振り返ると、
ようやく、というべきか。
満を持して、というべきか。
私はそこに、たどり着いたのだと思います。
身体の感覚に耳を澄ませ選ぶということ:第2回(編集中)

