日本の気候の中で、無理なく続けてきたこと:2
第2回:身体の感覚に耳を澄ませ選ぶということ
― 今までのように、食べられない自分がいたこと
今までのように頑張れない。
では、どうしたら頑張れるのだろう。
栄養のあるものを食べる。
食べ物を見直す。
バランスを考える。
きっと、誰もが思いつくことだと思います。
私もそうでした。
食べ物迷子
これが体に良いと聞けば試し、
元気になると見れば手に取る。
友人や知人から「いいよ」と聞けば、
すぐに探してみる。
そんな試行錯誤の日々が続きました。
今振り返ると、
自分の体質や生活のリズムを考えることなく、
なんとなくの感覚と勢いだけで進んでいた
「食べ物迷子」だったように思います。
食べると胃腸が重くなり、
かえって気分が良くならないこともありました。
それでも「きっと効いているに違いない」と、
自分に言い聞かせて続けることもありました。
思い込みという罠
時には、
食べられないのは意志が弱いから?
気合が足りないから?
そんなふうに、
いつの間にか精神論に迷い込むこともありました。
「食べ物や食べ方には気をつけてきたはずなのに、どうして?」
いつも、頭に浮かんでいた疑問です。
今思えば、
身体の声に耳を澄ませることなく、
自分の思い込みや周りの情報に、
判断を委ねていたのだと思います。
中医学や日本の食養の知識では、
「身体を冷やしてはいけない」
「甘いものや添加物はよくない」
といったことは、当たり前のように語られています。
身体を温めるにはこの食べ物。
エネルギーをつけるにはこれ。
老化対策にはこれ。
そうしたリストをもとに、
私もいろいろと試してきました。
けれど、続けていくうちに、
どこかしっくりこない感覚が残るようになりました。
答えの出ない日々
世の中には、
食べ物にまったく気を遣わず、
一般的には「身体によくない」と言われるものを
平気で食べているように見えるのに、
健康診断の結果も良く、
エネルギーに満ちあふれている人もいます。
一方で、
それなりに気をつけているはずの自分は、
どうして、こんなにも疲れやすいのだろう。
その違いは、
努力の量や意識の高さだけでは
説明できないように感じていました。
けれど、その疑問に
すぐに答えが出ることはありませんでした。
気づけば、
疑問は疑問のまま、
静かに置き去りにされていったのです。

