日本人がスパイスカレーをおいしく作れないワケ 3 スパイスの歴史

前回の記事はこちら 日本人がスパイスカレーを美味しく作れないワケ2

前回は、カレールウについてのお話でした。その3の今回はからはスパイスのお話に入りたいと思います。ちょっとマニアックなお話になりますが、お好きな方はどうぞお付き合いくださいね。

スパイスについて語る上で絶対に外せないのが、コロンブス、ヴァスコ・ダ・ガマ、マゼランなど大航海時代で有名な人物たちです。ちなみに私は世界史が大好きな少女だったんです。高校時代の科目の中で一番好きな科目は世界史でした。世界史の先生になりたいな~とも思ってたんですよ。

では、簡単に歴史を振り返ってみましょう。

スパイスの歴史

14世紀までスパイスは金銀に匹敵する価値のあるものでした。

それはなぜですか?
ー入手が途方もなく困難だったからです。


なぜ困難だったのでしょうか??
ー当時はイスラムの勢力がとても強く、スパイスがあるアラブ以東は未知の世界。スエズ運河よりも東へはキリスト教徒が行くことはほとんど不可能だったからです。

当然、アラブ・ペルシャ・ベネチアなどの商人によってスパイスは高額な値付けがされています。そんな中、イスラム商人を介さずに直接入手したい、という気運が高まっていきます。

大航海時代の幕開けとともに

そして満を持してのコロンブスの登場です。残念ながらコロンブスは求めていた黒胡椒やクローブを見つけることが出来ず、オールスパイスのみ見つけたそうですね。

その後歴史のバトンは、ヴァスコ・ダ・ガマへと受け継がれます。彼はインドの西海岸のカリカットへの航路を開拓し、今までアラブ・ペルシャ・ベネチア商人に独占されていた黒胡椒やシナモンを安価で入手する道を切り開きました。

こうして開拓者たちの努力によって、ヨーロッパにスパイスが安価にもたらされるようになり、庶民にも手が届く存在になります。それまでは、薬や祭事用に用いられていたスパイスも、肉の保存用や食事の味つけにも広く使われて行きます。美味しいものを食べて口が肥えてしまうと、もう後戻りは出来ないのが人間の性じゃないでしょうか?

穀物があまり育たない地だったヨーロッパ

また食糧事情も大きく関係してきます。

昔のヨーロッパは、一部地域を除きとても貧しい地域でした。穀物栽培に適さない寒冷な土地が多く、農業のサポートとしてはもちろんのこと、それ以外にも餓死を免れるために家畜を飼っていました。冬には越冬できない家畜を屠り、冬の間の食料を入手する。

当時は冷蔵庫なんてありませんから、保存食を作るためにもスパイスは必要不可欠存在になっていました。

単に塩でつけるだけよりも、その土地で採れるハーブを入れた方が美味しいし、さらにスパイスを入れるとさらにおいしくなるし保存も効くようになる。今でこそ飽食の時代とか言われますが、食べることということは生と死を分けるほどのこと。私たちは、生きていくためには食べ続けないといけない存在です。その生をつなぐためのこととなれば、文字通り必死にならざるを得ません。

こうして、スパイスの価格が下がり庶民が使えるようになるとともに、使用量は劇的に増大の一途をたどります。そしてスパイス戦争へと歴史は進んでいくこととなるのです。

欧米列強が熾烈を極めたそのスパイス戦争も、結局はスパイスの木の盗木、移植などで栽培範囲が広がるとともに、自然と終結へと向かったとのことです。

雑学として、もう一つ。

スパイスは強壮剤としても珍重されたそうで、人間の3大欲求の二つを満たしてくれるものとなれば、そりゃこういう流れになるのも当然よね、と感じた私でした。

まとめ

その3では、スパイスの歴史について振り返ってみました。

本題のスパイスカレーをうまく作れないワケとは、直接にはあまり関係ないお話ではありますが、雑学として面白いかなぁ、と思って書いてみました。

いかがでしたでしょうか?歴史嫌いな方、ごめんなさいね。

次回のその4では、スパイス自体について踏み込んでいきたいと思います。本題の「スパイスカレーをうまく作れないワケ」にも絡んできます。どうぞお楽しみに♪